福島県立平支援学校高等部 JRC ボランティア部
部長 谷 康大(たに こうだい)(受賞時:高校2年生)
第21回ボランティア・スピリット・アワード SOC奨励賞
※JRCとはJunior Red Cross(青少年赤十字)。
主に学校単位で所属して奉仕活動などを行っている。
谷 康大さんは、平支援学校高等部JRC ボランティア部の部長として12人の部員とともに活躍している。肢体に障がいのある生徒が通っている平支援学校では、遠方から車の送迎で通学する生徒が多く、放課後、部員全員が集まって活動することが難しい。そこで、普段は、献血や募金など一人ひとりが空いた時間を利用してできるボランティア活動を中心に行っている。
「制約はありますが、障がい者の目線を大切にして活動に取り組んでいます」という谷さん。「障がい者目線の活動」とは、谷さんや他の部員たちが感じた不便さをボランティアに生かすことだ。谷さん自身も下肢に障がいがあり、日常生活に車椅子を利用してる。
「外出先で、とても昇りにくいスロープがあったんです。学校のスロープと何が違うんだろう?このスロープの斜度はどのくらいなんだろう?と、斜度を測ってみたところ、10度以上ありました。この位の斜度になると、車椅子を人に押してもらっても昇降が困難になり、押してくれる人にも大きな負荷をかけてしまいます。スロープが設置されていても使う人のことを考えた設計がなされていないことに驚きました」
一般的に車椅子で昇りやすいスロープの斜度は4~5度だという。平支援学校に設置されているスロープの斜度も約4度。谷さんが車椅子で自走(自分で車椅子を動かすこと)しても、難なく移動することができる。
「たくさんのスロープがあるけれど本当に車椅子での移動に適しているものなのだろうか?他のスロープについても調査してみたい、と考えるようになりました」
そこで、カクシリキ(傾斜の角度を測ることのできる測定器)を利用したスロープの斜度の測定に乗り出す。
谷さんは、県内外で開催されるボランティアの発表会で、自身の気づきや車椅子で昇降しやすいスロープの斜度について発表し、「カクシリキ」とアンケートを配布。ボランティア活動をしている他校の生徒に対して各学校の周辺や公共施設に設置されているスロープの斜度を測定する活動への協力を呼びかけた。
「スロープに注目したことがなかったという人たちがほとんどでした。みんな興味を持ってくれるかな?と心配でしたが、僕の発表を聞いて、『協力しますよ』と声をかけてくださる人がいて安心しました。関心を持ってくださる人が現れたことが、一番の成果です」
測定に協力してくれた生徒からは、測定データとともに「スロープの斜度によって昇り易さが違うなんて知らなかった」「車椅子での昇降が難しいスロープが多くて驚いた」などの声が寄せられた。
これまでに約100個の「カクシリキ」を手作りして配布、いわき市内の公共施設を中心に20ヵ所のアンケート結果と交流教育を行っている高校からの協力で19枚のアンケートが集まっている。
「関心を持ってくださる方が増えるたびに、もっと他の障がい者の方々のためになるように活動をがんばろうという想いが強くなっていきます。今後も継続的に働きかけてたくさんのデータを集め、市役所や施設にスロープ改善提案を持ちかけたり『スロープ情報マップ』を作成したりしたいです」と、谷さんは、今後の意気込みを語ってくれた。
スロープの測定を開始したのを機に、谷さんの行動範囲は格段に広がった。しかしそれにより新たな壁に突き当たる。
「県外で開催されるボランティアの大会に参加する時に、高速バスでの移動を考えていたのですが、バスの運行会社の方から、『車椅子を高速バスに乗せるには、固定するためのヒモが必要です。車両には装備がないので用意していただけますか。』と言われたのです」
ヒモで固定が必要な理由は、大きく突起の多い車椅子が他の荷物を傷つけてしまわないようにするためだ。
しかし、高速バスでの長距離移動を考える車椅子ユーザーは少ない。谷さん自身も、それまで長距離の移動には設備の整っているスクールバスや家族の車しか利用したことがなかった。そして高速バスの運行会社も車椅子ユーザーを受け入れたことがなかった。谷さんからの乗車の申し出がなければ、顕在化することのなかった課題だった。
「この時は、自分で固定用のヒモを用意することで解決しましたが、後日、バス会社の方が僕の話を聞くために、学校まできてくださって今後の対応や車椅子ユーザーが利用しやすいバスにするにはどうしたらいいのか検討しますと言ってくださいました。嬉しかったです」と、谷さん。
「僕は車椅子ユーザーですが、今まで困ったなと思うことが、ほとんどありませんでした。僕は守られた環境にいたんだな。僕が当たり前だと思っていたことは、社会の中では必ずしも当たり前ではないんだと気づかされました。僕が感じた不便さを解決していくことで、誰かの役にたつことができるかもしれない。もっと積極的に自分で動いてみようと思うようになりました」
「バスに設備がないならば、僕らが固定用のヒモを作って寄贈しよう!」谷さんは、他の部員たちに相談を持ちかけて、固定用のヒモをバス会社に寄贈する準備に取り掛かる。
固定用ヒモは、1台19キロほどある車椅子を長時間運搬するための耐久性のほかに保護機能も求められるため、35センチほどの幅と約4メートルの長さで作った。
「最初、材料には使い古しのシーツを使おうと考えていました。けれど話し合いの中で、薄汚れたシーツで作ったヒモで自分の車椅子を固定されてうれしいかな?という意見があがったんです。バスを利用する立場から思いついた試みなのに、いつの間にか使う人の気持ちになってみるのを忘れてしまったと反省しました」
ヒモを作るための布地は、顧問の青木先生の働きかけもあって、地域の方からの寄付で準備することができた。
「布をミシンで縫い合わせていくだけだから簡単だと高を括っていたのですが、僕と大橋咲予(おおはしさよ)さんで、10本のヒモを作るのに3ヵ月以上かかってしまいました。家庭科の授業でしかミシンを触ったことのない僕たちには思いのほか難しい作業でした」と、苦笑いする谷さん。
「寄贈したヒモが使われたという連絡はまだないですが、車椅子ユーザーがこのヒモを利用して、自分の行きたい場所に行けるようになるといいなと思っています」
SOCの表彰式でも、全国から集まった受賞者に「カクシリキ」を配布して、谷さんは、スロープの計測の協力を呼びかけた。
呼びかけによって、実際に「カクシリキ」の使い方を谷さんに教わりに来て会場内のスロープを測定してみる受賞者や、後日、自分の住んでいる地域のスロープを測って報告してくれる受賞者が現れた。谷さんは、活動が全国へと知られていく手ごたえを感じた。
「障がいがあると誰かに支援されることが多いけれど、障がいがあっても誰かのためにできることはたくさんあるとボランティアを通じて気づくことができました。活動を知ってくれる人や関心を持ってくれる人ができたことが、僕に大きな自信を与えてくれました。こうして僕がみなさんにお話しすることで、触発されてボランティアをやってみようと思う人が一人でも増えてくれたらうれしいです。みなさんの見本になれるように、僕はこれからもボランティアを続けていきます」
自分が感じた不便を解消していく。シンプルだが行動に移せる人はそう多くはない。谷さん、そしてJRCボランティア部のメンバーの「障がい者目線を大切にした活動」は、障がいのある、なしに関わらず暮らしやすい社会づくりに貢献してくれるだろう。