ボランティア・スピリッツ賞(アワード)

ジブラルタ生命・プルデンシャル生命・PGF生命ほか主催/文部科学省後援
PRUDENTIAL SPIRIT OF COMMUNITY(通称:SOC)
ボランティア・スピリット賞(アワード)

一緒にヘアドネーションをはじめませんか?

伊谷野 真莉愛(いやの まりあ)

(受賞時:ぐんま国際アカデミー 高等部3年生)
第22回ボランティア・スピリット・アワード
SOC奨励賞
米国ボランティア親善大使

髪の毛を伸ばして寄付しよう

みなさんは、ヘアドネーションをご存知だろうか?
ヘアドネーションとは、病気や事故などで頭髪を失くして悩んでいる方々に医療用ウィッグ(かつら)を無償で提供するために、「自身の髪の毛を伸ばして寄付すること」や「髪の毛をウィッグに加工して必要としている方々に届ける」活動を指す。伊谷野さんがヘアドネーションを知ったのは中学校1年生の時だった。

「中学1年の時、祖父をがんで亡くして初めてがんを身近な病気として認識しました。同じ時期に、小児がんを患い、苦しい闘病生活の中で髪の毛を失った同世代の女の子のニュースを観て大きな衝撃を受け、『何かできることがないか』とすぐに調べ始めました。その中でヘアドネーションを知り、これならば私にもできると思い自分の髪を伸ばすことを決意しました」

寄付する髪の長さは31cm以上がよいとされている。長ければ長いほど、医療用ウィッグを必要とする方々の好みや希望を叶えることができる。伊谷野さんは、短かった髪の毛を3年間かけて、40cm以上に伸ばした。意志を貫き続けるには、短い時間ではなかったはずだ。

「中途半端な長さの髪を煩わしいと思うことや長い髪を乾かすのが億劫だと思うことはありましたが、同世代の女の子が、『髪の毛がないから病院の外に出るのが、少し恥ずかしい』と言っていたことを思い出すと、投げ出す気にはなりませんでした」

しかし伊谷野さん自身も多感な年頃であったため、伸ばした髪をいざ切るとなると迷いが生じたと言う。「どうする?」「今日はやっぱりやめる」、ハサミを持つ母と鏡の間で、一週間ほど躊躇(ちゅうちょ)した。

「ずっと伸ばしてきた髪の毛だったので思い入れもあり、寂しさがこみ上げてきて、ハサミが入る瞬間は、ドキドキが止まりませんでした。それでも切った後には、ようやくこれで協力できる。よかったと心から思えました」

ヘアドネーション(伸ばした髪を寄付する活動)への参加が、この先の活動への一歩を後押ししたと伊谷野さんは振り返る。

「中学生や高校生が何かしたいと思っても大きな金額の寄付や遠方まで出かけるボランティアへの参加は困難です。伸ばした髪の毛を切って寄付するヘアドネーションならば、日常生活を送りながら、医療用ウィッグを必要としている誰かの役に立つことができます。自分が体験してみて、学生にとって大変身近なボランティア活動であると思い、この活動を全国の学生に広めたいと考えるようになりました」

そこで、伊谷野さんの背中を追うように、ヘアドネーションに興味を持ち、髪を伸ばし始めた妹の友里愛(ゆりあ)さんと共に同好会を立ち上げる。

  • 長さごとに仕分けた髪の毛の束

断られてしまったら、誰にお願いしたらいいんですか

同好会発足の目的は、全国の中学・高校生にヘアドネーションを知ってもらい、寄付する髪の毛を集めること。それ以上のことは考えていなかったという伊谷野さん。しかし、送った髪の毛がどのような工程を経て医療用ウィッグになり、その先で待つ方々に届けられるのか知りたいと思い、医療用ウィッグについての知識を深めていくうちに、全ての工程に携わりたいとの想いが芽生える。

「髪の毛を集めるだけでなく医療用ウィッグ製作にも関わって、自分たちの手で必要としている方々へ届けたい。気づけば、医療用ウィッグ製作の協力企業をさがすため30社もの会社に電話をかけていました」

強い想いを持っていたが、医療用ウィッグの提供実績もなく、ウィッグ製作用の髪の毛を集め始めたばかりの高校生の話に耳を貸す会社など簡単に見つかるはずはない。電話をかけ続けること2カ月あまり、次々と断りを受ける中で株式会社アートネイチャー(以下、アートネイチャー)の広報部の菅谷 健一氏だけが、「協力できるかもしれません」と伊谷野さんの話に耳を傾けてくれた。

「協力していただけるように放課後や昼休みを使って菅谷さんに毎日、電話をかけてお願いしました。ですが、菅谷さんにも『やはり、無理そうです』と断られてしまい、私は『もう無理』だと諦めかけていました。けれども妹が、『菅谷さんにお願いするよりほかは、ないのです。お断りされてしまったら私たちはどうしたらいいのでしょうか』と電話口で加勢してくれたおかげで、企画書を見ていただけるチャンスを得ることができました」

伊谷野さんと友里愛さん2人の情熱が企業側の心を動かした。すぐに、企画書を送り2017年9月には、菅谷氏をはじめアートネイチャーのスタッフと同好会とで医療用ウィッグ製作のための打ち合わせを持つまでに至る。

「菅谷さんは、高校生の私たちの話を毎回、丁寧に聞いてくださいました。菅谷さんがいらっしゃらなかったら今の活動はなし得ませんでした。『出会えてよかった』と感謝しかありません」

協力企業が決まったことは、スタートに過ぎない。医療用ウィッグを製作するために伊谷野さんに課せられた課題は「3カ月後までに、30人分(ウィッグ1つ分)の髪の毛を集め終えること」「医療用ウィッグの着用に協力してくれる患者さんを探すこと」の2つ。

「打ち合わせの時点で、全く髪の毛が集まっていませんでした。すぐにSNS(ツイッター・Facebook・インスタグラム)を駆使して、髪の毛の寄付の協力を全国に呼びかけました。特に髪の毛の提供については比較的早い段階で反応がありましたが、苦労したのは医療用ウィッグ提供に協力してくださる病院を探すことでした。それでも、私たちの活動を応援してくださる方がいるのに、私たちが投げ出すなんて絶対にできないと必死でした」

ウィッグを着用する患者さんを探すことは、感染症のリスクやプライバシーに関わることもあり非常に難しい。伊谷野さんは、問い合わせをした県内10数の病院全てに断られた。しかし、伊谷野さんにチャンスがめぐってくる。地元のラジオ放送で、市長と対談をしたことをきっかけに、市長が病院を紹介してくれたのだ。

  • 株式会社アートネイチャーとの打ち合わせ

私、普通に女の子だ

病院を紹介された伊谷野さんは、すぐに病院を訪ねて医師に企画書や医療用ウィッグを希望する患者さんにウィッグ提供までの流れを記した「案内パンフレット」を手渡した。そして、病院から1人の患者さんを紹介される。

「2017年12月の下旬に、妹2人でご紹介いただいた患者さんの頭のサイズの採寸に行きました。初めて病気で髪を失った患者さんとお会いしたのですが、同世代の女の子が、言葉では言い表せない痛みや不安と闘っている姿に胸が苦しくなりました。患者さんもご家族も同世代の私たちに医療用ウィッグの製作を任せることは複雑な思いがあったと思います。それでも私たちにお願いしてくださったことがとても嬉しかったです。髪の毛や外見はとても大切なものです。私たちの活動が、彼女の精神的な助けに少しでも繋がるよう、何としてでも私が素敵な医療用ウィッグを届けようと思いました」

「出来上がりが楽しみですね」と患者さんと相談しながら、髪のデザインや長さを決め、オーダーシートと共に全国から届けられた髪の毛を仕分けてアートネイチャーに託して完成を待った。3カ月後の2018年3月20日、念願の医療用ウィッグ第1号を患者さんへお届けすることができた。

「患者さんは医療用ウィッグを着けた姿を鏡でじっと見つめた後に『私、普通に女の子だ・・・』と2回繰り返しニコッとしました。その言葉を聞いた時、嬉しさがこみ上げてきて本当に諦めなくて良かったと思いました。ここからがまた新しいスタート。もっともっとたくさんの方々に医療用ウィッグを届けたいという気持ちが大きくなりました」

鏡の前で微笑む女の子が、活動に対する「使命感」を与えてくれたと伊谷野さんは言う。

「最初は、私が女性ということもあり、思春期の女子にとって髪の毛がないことは苦しいことだと思ったので、女の子を中心にウィッグを提供していこうと思っていました。けれど医師やアートネイチャーのみなさんのお話を伺ううちに、髪の毛を失うことで男の子も同様に傷つき悩んでいることを知りました。今後は性別に関わらず依頼を受けて行きたいと考えています」

  • 医師に活動の趣旨を説明する伊谷野さん
  • ウィッグを作るための頭の採寸

託された想いから逃げる訳にはいかない

1号目の医療用ウィッグを作り上げる頃になると、伊谷野さんの活動はメディア等に取り上げられるようになる。校内での知名度も上がり、同好会に参加したいと申し出る生徒たちが現れるようになると、それまで妹と「あ・うん」の呼吸で行ってきた活動に変化が現れる。

「活動に対する温度感がまちまちなメンバーを上手くまとめることができなくて、空回りしているのではないか、このままでは活動が継続できなくなるのではないかと悩むことが増えました」

メンバーからの不安や不満の声を受け止めるのが辛く、同好会の解散さえも考えたことがあったという。その時に伊谷野さんの心の支えとなったのが髪の毛と共に送られてきたメッセージカードだ。

「髪の毛の寄付だけでも嬉しいのですが、メッセージには、託してくださる方々の想いが綴られていました。『あなたたちの可能性を信じます』『私もがん患者でした。元気になったので今度は私が協力します』といった言葉が心に響いてきて、ここで立ち止まる訳にはいかないと元気づけてもらいました」

伊谷野さんは、髪の毛を寄付してくださった方々に手書きの礼状を贈り、感謝の気持ちを伝えた。また、医療用ウィッグの提供実績のない学生の団体を信じて協力してくださる方々への信頼の証として、寄付された髪の毛の情報やウィッグの製作経過の報告、患者さんへのお届けの様子などをSNSでタイムリーに発信した。

  • 髪の毛を寄付してくれた方々への礼状

私自身が励まされている

伊谷野さんは2019年春に高校を卒業したが、同好会の活動を引き継いだ妹をサポートしながら、現在も活動を継続している。そして2019年9月末までに9つの医療用ウィッグを患者のみなさんにお届けした。その一つひとつに患者さんとの交流があり想いが重なっていく。

「高校卒業は、活動の終わりではありません。今後も活動に携わり続け、頭髪を失って苦しんでいる患者さまたちに少しでも多くの医療用ウィッグを届けることを目標にしていきたいです。『誰かのために』と思って始めた活動ですが、気づけば、自分が役に立ちたいと思っていた方々の笑顔に支えられ、励まされて頑張り続けられています」

活動をきっかけに、更に深く患者さんに寄り添いサポートしたいと願うようになったという伊谷野さんは、現在、医学生として新たな一歩を踏み出している。医師として患者さんに寄り添いながら、自らも髪の毛を伸ばしヘアドネーションを続けている未来の伊谷野さんを私たちも変わらずに応援したい。

全国表彰式で同好会の活動を紹介した

【この方に伺いました】

株式会社アートネイチャー
広報部 部長 菅谷 健一様

私ども株式会社アートネイチャーでは、さまざまな原因によって髪を失ってしまった子どもたちのために医療用ウィッグを無償で提供する「リトルウィング・ワークス(LWW)」という支援活動を行っています。1998年の活動開始以来、これまでに約5,500人の子どもたちに医療用ウィッグをプレゼントしています。<LWW累計提供人数:5,595人(2019年3月31日現在)>

2017年に女子高生ヘアドネーション同好会のみなさんのお話を伺ったところ、自分たちの手でヘアドネーション活動を実現させたいという強い熱意を感じました。医療用ウィッグを製作するためにはご寄付いただいた毛髪を加工する必要がありましたが、自社工場の設備にて対応が可能であることが確認できたことから、LWWとあわせて同好会の活動をお手伝いすることに決めました。

同好会のみなさんには活動を続けていく意志とともに、さまざまな分野の方々を“巻き込む力”があるように思います。思っていることを実現しようするならば、自らが動かなければ何も始まりませんが、大人もなかなかできることではありません。常に明るく前向きで多くの人を惹きつける『人としての魅力』を同好会のみなさんは持っているように思います。

みなさんと協業することによって改めて学んだこともたくさんありました。これからも子どもたちのために役立つことを一緒に考えていければと思います。