熊本震災から再開園した熊本市動植物園に聞く

松本 充史(まつもと あつし)氏

熊本市動植物園 副園長

私たちジブラルタ生命は、未来を担う子どもたちを応援する社会貢献プログラム『Magic of the Dream』を展開しています。
プログラムの一つとして、障がいのある子どもたちとそのご家族を動物園に招待するイベント『ドリームナイト・アット・ザ・ズー(以下、ドリームナイト)』に協賛し、2012年から同イベントを開催する動物園、水族館をサポートしています(※)。
本レポートでは、その一つである熊本市動植物園の松本 充史副園長(以下、副園長)に熊本震災からの復興復旧とドリームナイト再開までの道のりについてお話を伺いました。
(※)2019年のドリームナイト協賛実績、13の動物園・水族館

熊本地震発生、その時動植物園は

2016年4月、熊本県に大規模な地震が発生。熊本市動植物園も園内の舗装や水道管、獣舎の一部が損壊した。

「人的被害や動物への被害は免れましたが、閉園を余儀なくされました。『いつ開園できるのだろうか?』と思うものの、震災発生から早急に対応しなければいけない作業をこなすのに精一杯で、毎日が過ぎていきました」

震災から10日ほどが過ぎ、一番被害が大きかったネコ科の獣舎からライオンやトラを他の動物園に一時避難をさせると、スタッフらも少し落ち着きを取り戻してきたと副園長は当時を振り返る。

「水汲みが日課になっているような大変な時期でしたが、ある程度、慣れてくると通常のように飼育作業もできるようになります。けれども、開園の目処は一向に立たず、ある時ふと、『僕らは何を目指して仕事をしていけばいいんだろうか?僕らは必要とされているのかな・・・』と思ったんですね。僕らも市の職員として避難所に行って避難されている方々のサポートにあたっていましたので、市民の生活の確保が最優先で動植物園の復旧を急ぎたいと言える雰囲気ではないことは分っているのですが、『このままでは忘れ去られてしまうんじゃないか』と言いようのない虚しさが募りました」

不安にさいなまれながら、「いつか必ず開園しよう!」を合言葉にスタッフらはアイデアを出し合っていた。

「全員が同じ方向を目指していないと、方向性を失って暗くなってしまうような気がしたんです。『こんな時だからこそ、できることをやろう』と意見を出し合っていきました。閉鎖中の施設の壁に『がんばろう、熊本』と掲出しようとか、園内に音楽をかけてみようよか、寄せ書きをしようとか、さまざまなアイデアが上がってくる中に移動動物園がありました」

  • 震災で破損した園内

子どもたちは前に前に進んでいる

ある日、避難所になっていた小学校で避難者へのサポートを行っていた副園長は、子どもたちの登校を待つ校長先生と話をする。

「教室や体育館は避難者であふれていて、授業が再開されるのは、5月の連休開けとのことでした。『ようやく子どもたちが戻ってくるんですよ』と校長先生がすごく嬉しそうにおっしゃっていて、あるべき日常を失って先生方も僕らと同じ気持ちなんだなと感じました」

子どもたちが戻って来るとはいえ、校内の一部は避難所のまま、授業も遅れている状態だ。また、「余震が起こるたびに怖がっている」「家で地震に遭っているので家に帰るのを嫌がっている」といった、子どもたちの心の傷を心配する声も聞こえていた。そこで、副園長は先生方に移動動物園の開催を提案する。

「ふれあい広場で飼育されている小動物であれば、外に連れ出すことが可能です。動物との触れあいで子どもたちを元気づけたいとお話ししたところ、先生方も『ぜひ、やりましょう』と快諾してくださったので実現に至りました」

2016年5月26日。副園長が避難所サポートとして出向していた小学校で、移動動物園が試行された。子どもたちはウサギやモルモットを抱き命の温かさを感じ、ヤギの草を食む力強さや陸ガメの大きな甲羅の硬さに、好奇心いっぱいに向き合った。

「僕らは『子どもたちを癒そう』と思っていましたが、それは思い込みでした。子どもたちは自分の力で立ち直ろうとしていて、震災後の環境の中で興味のあることに向き合っていました。その姿はとても頼もしく『ここから飼育員や獣医の夢を描く子どもや、環境を守りたいと思う子どもが現れるかもしれない』。僕らの役割は、子どもたちにさまざまな方法でアプローチして、興味を引き出してあげることなんだと気づきました」

子どもたちの反応は、動物園のスタッフらを奮起させた。移動動物園はプログラムを拡充、ゾウのフン、折れたキバやツメの標本の展示、動物についての面白い解説なども交える企画となる。

「写真を見返すとスタッフの方が、笑っていて喜んでいるんです。開園できない期間、常に『自分たちの仕事の意義は何だろうか?』と考えていましたが、移動動物園を開催したことで、『僕らは学びの場を提供することができた。動植物園は必要なんだ、必ず再開しよう』と自信を持って言えるようになりました」

震災後、授業を再開した小学校で、再開園を待つ熊本市動植物園が移動動物園を行ったというニュースは、瞬く間に県内中に知れ渡り、市内の幼稚園・小学校向けに募集をかけたところ、応募が殺到。2016年12月までの間に熊本市内35カ所の幼稚園と小学校を回るに至るった。

子どもたちの眼差しが教えてくれた移動動物園での気づきは、スタッフの心に変化をもたらす。スタッフ一人ひとりが、「今までと同じではいけない。動物を展示するだけの施設であってはいけない」という想いを持って、再開園後にどういう園を作っていくべきかを考えるようになったのだ。

「それまで焦っていた時間が、再開園の準備に向けた大切な時間に変わりました。園内には目立たない展示施設もあります。そういった施設の展示や解説文の書き方を少しこだわってみるとか、地元の大学生や専門学校生、地域の皆さんの力を借りて案内掲示に工夫を凝らすであるとか、僕らなりに再開園に向けて次のステップを踏み出すことができたのです」

  • 移動動物園で子どもたちに会いに行く

2年10カ月ぶり、動物園が全面開園

一部開園の期間を経て、2018年12月22日、熊本市動植物園は全面再開園。多くの人々が同園を訪れた。その中には、スタッフらが工夫を凝らした掲示物に関心を示す姿も見られた。

「お客さまが、戻ってきた喜びはもちろんですが、今まで日の目を見なかった場所に、お客さまが立ち止まって見てくださる姿を目の当たりにして、次はどういう風にしたいとか、お客さまに興味を持ってもらえるように新しい情報を届けたいという想いが芽生えてきました。お客さまに伝え、感じていただく場を作ることが僕らの使命だと改めて考える機会となりました」

そして、2019年6月と9月に4年ぶりに障がいのある子どもたちとご家族に気兼ねなく動物園で楽しんでもらうイベント「ドリームナイト」が開催された。全面開園直後から「ドリームナイト」の開催を待つ声は聞こえていたが、段差や立ち入れない場所がある状態で、障がいのある方々を安全に受け入れることは難しかったため、再開に踏み切るまでは、時間を要した。

「震災前と後、大きく違うこともなければ、特別なことは何もしていません。何故かというと、動物を見たい、触れてみたいという気持ちは、障がいの『ある、ない』に関係ないことです。僕らは過剰に何かをするのではなく、一人ひとりの興味を引き出してあるだけでいいのです。僕らが子どもさんの表情から感情を読み取ることはできなくても、ご家族が『この子、喜んでいます』と教えくれ、ご家族も一緒に笑顔になってくださることが、ドリームナイトの役割であると考えます。うまく言えませんが、ドリームナイトでは、一般開園の時よりもゆっくり時間が流れていくような気がします。ご家族それぞれのテンポで楽しんでくださっているということなのかもしれません。イベントを再開してみて『やっぱりドリームナイトはいいな』と感じています」

熊本市動植物園は、地元の子どもたちが一度は訪れるといっていいほど熊本市民にとっては身近な場所だ。

「全面開園を迎えるまでの道のりの中で、園に対する市民の想いや力をより強く感じるようになりました。これからは、市民が参加できる動植物園にしたいと考えています。僕らが良いと思っているものだけを提供するのではなく、多くの方々の声や考えを取り入れ、一緒に動植物園を作っていくことで、子どもたちに伝えられることも増えていくはずです。ボランティアのみなさんにも動植物園との関わりの中で、ご自身のアイデアを実現し、楽しんでいただきたいです。『一緒に面白いことをやりましょう!』そういう気持ちを持って、僕らはみなさんと歩んでいきたいと思っています」

近い将来、持ち寄られた企画やアイデアが、子どもたちの夢の一翼を担う日が来ることを私たちも願ってやまない。

  • 2018年12月22日全面開園。動物たちも帰ってきた!
  • 2019年ドリームナイト開催。私たちも参加しました

動植物園こぼれ話

熊本市動植物園は、当社とも関わりが深い。2016年の「移動動物園」では、熊本に元気を届けたいとの想いから、移動動物園で動物を移送するためのワンボックスカーと軽トラックを寄贈。熊本支社の社員が一部の小学校に同行し、ゲージの周りで順番待ちをする子どもたちの誘導や動物との触れあいサポートを行うなどの交流を持った。

また、2017年12月「クリスマス★夜間開園」、2018年12月に開催された「全面開園イベント」、2019年10月の「ドリームナイト」では、それぞれ協賛企業として、熊本支社の社員がボランティアとしてイベントに参加し、スタンプラリーによる園内の誘導や見守り、着ぐるみパフォーマンスで子どもたちとそのご家族を動物園スタッフと共に迎えた。

参加した社員らは、「子どもたち、そして家族の笑顔に、私たちが、励まされ元気づけられています。これからも地域を盛り立てていく仲間として、協力していきたいです」と、動植物園のイベントに関わることへ喜びを感じている。

「誰かの笑顔を応援することは、自らの笑顔を生み出す原動力」。私たちジブラルタ生命は、これからも、熊本市動植物園と共に子どもたちの未来を応援し続けたい。

  • 開催されたイベントの案内チラシ
  • 当社が寄贈した自動車は今でも現役で活躍中